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南アフリカの地域情報


ジャガランダシティー・プレトリア
プレトリア

プレトリア

プレトリアはヨハネスブルグの北約50キロに位置する、南アフリカの行政上の首都である。治安はヨハネスブルグに比べ良好、環境もよく、道路も整備された美しく住みやすい街である。市内を見下ろす丘の上に立つのがユニオン・ビル、南アフリカ行政の中心地だ。他にもオランダ入植の歴史を絵画で刻んだ建造物・開拓者記念碑、歴史的建造物でもある最高裁判所など、歴史的・政治的な見どころが多い。
春期の10月頃になると、ジャガランダと呼ばれる紫色の花が街中で咲き乱れる。このことからプレトリアは「ジャガランダシティー」とも呼ばれている。ジャガランダは桜を紫色にしたような雰囲気を持っているが、日本と違い花の下で宴会をするグループは見られない。ジャガランダは南アフリカだけでなく、アフリカ各国で見られる。



危険な摩天楼・ヨハネスブルグ
ヨハネスブルグ

ヨハネスブルグ

1886年、大規模な金鉱が発見されたことにより、ゴールドラッシュが沸き起こった。原野に発生した街はその後も南部アフリカ地域の経済発展の原動力として成長し続け、今日では南アフリカ共和国最大のメガロポリスとなった。高層ビルが建ち並ぶその様子はまさに摩天楼であるが、治安悪化に伴い、現在多くの都市機能は近郊の街へと移りつつある。アパルトヘイト時代、政府はヨハネスブルグへの黒人の夜間の立ち入りを禁じ、厳しく取り締まっていた。
黒人が解放された後、今までの人種差別の反動で、国内外から一斉に失業者が流入した。南アフリカにおける最大の問題である「治安悪化」は、この国の歴史にも関係している。市内撮影は極力車中から、車外に出る必要がある場合にはセキュリティー同行が望ましい。近郊にはマインダンプや展望台など、ビル郡の全景撮影に相応しい幾つかの場所があるが、いずれも治安状態はあまり良くない。



マザーシティ・ケープタウン
ケープタウン

ケープタウン

1652年、オランダ印度会社がケープタウンに補給基地を建設した。ケープタウンはこの国の発祥地であり、マザーシティーとも呼ばれている。長い間アフリカ最南端と信じられていた喜望峰(実際の最南端は南東にあるアグラス岬)への街として世界的に有名だが、その街並みも美しく、世界で最も美しい港の1つに挙げられることも。市庁舎をはじめヨーロッパ調の建物が多く、市内のどこからでも背後にそびえ立つテーブルマウンテンの姿が見える。またこの街は、世界でも類を見ないほど文明と自然とがうまく融合した大都市ともいえる。
高層ビル街の側の公園にはリスが走り回り、1時間もドライブすればペンギンやアザラシ・ダチョウ・シマウマ等の野生動物の姿を見ることができる。また海沿いの絶景道路からはイルカや鯨の姿を見かけることもある。テーブルマウンテンでのロック・クライミングをはじめ、サーフィンやウィンドサーフィン等のマリンスポーツも盛んであり、オリンピック開催の候補地にもなっている。地中海性気候に属するために冬季に雨量が多く、ワイン製造も盛んだ。



サーファーズパラダイス・ダーバン
ダーバン

ダーバン

ヨハネスブルグ・ケープタウンに次ぐ第三の大都市がダーバンだ。ここは南ア最大の貿易港であるとともにアフリカ最大の港であり、また美しく広がるインド洋に面するリゾート地としても知られている。ゴールデン・マイルと呼ばれる海岸線沿いには高層ホテル・マンション群が建ち並び、オーストラリアのゴールドコーストに似た雰囲気を楽しむことができる。
海沿いの道路ではカラフルな衣装を着たズールー族が「リキシャ」と呼ばれる人力車を引いており、日本との関係の深さを知ることもできる。活気のある街中には黒人や白人の姿の他、インド系の人々の姿が目立つ。瀟洒なレストランが並ぶ海岸は、ヨーロッパにでもいるようだ。この海域は波が高いために南アのサーフィンの中心地となっており、サウスビーチでは世界大会も行われている。



アパルトヘイトの遺物・ソウェト
ソウェト

ソウェト

ヨハネスブルグの南西約30キロに、ソウェト(South-West Townships)という、南アフリカ最大の黒人居住区がある。ここはアパルトヘイト時代に作られた黒人専用居住区であり、豪邸からバラックまで幅広い住宅が並んでいる。 1976年に黒人学校でのアフリカーンス語強制授業の施行でソウェト住民が反乱、学生達をはじめ、数百人もの人々が犠牲になった悲しい事件でも知られている。黒人居住区というと貧しいイメージがあるかもしれないが、ここには400近い数の学校、250もの教会、8つの警察・消防署、12のショッピングセンターに15もの鉄道駅があり、発電所や大学、老人ホームなどの施設も整っている。また、マンデラ大統領が住んでいた家やウィニー元夫人の家もここにある。アパルトヘイト時代には住民はソウェトの外に泊まることは許されていなかったが、現在は自由になり、活気に満ちていて人々の表情も明るい。しかし、この100万人以上もの人々が生活する巨大な街で、白人の姿を見ることはほとんど無い。



ダイヤモンドの首都・キンバリー
キンバリー

キンバリー

1866年オレンジ川の河原で小さな光る小石が発見された。これが「ダイヤモンドシティー」、キンバリーで初めて発見されたダイヤモンドであり、後に"ユーレイカ"と名付けられた。この発見により、世界中から一攫千金を夢見る鉱夫達が集まるダイヤモンド・ラッシュが始まった。その後、83.5カラットの"南アフリカの星"をはじめ、膨大な量のダイヤモンドがキンバリーにおいて発見された。現在でも世界のダイヤモンド市場に多大な影響力を持つデ・ビアス社の本社はここキンバリーに置かれており、その建物は国の文化財にも指定されている。
この街にはデ・ビアス社が設立した鉱山博物館もあり、南アにおいて最初に発見されたダイヤモンド「ユーレイカ」や世界最大のダイヤモンド原石等が展示されている。「ビッグホール」と呼ばれる、ダイヤモンドを採掘した後の大穴も壮絶だ。周囲約1.5km、深さ393mの巨大な穴は人間が掘った世界最大の穴とされ、 1914年の閉山までにこの穴から2250万トンの土と2722kgのダイヤモンド原石が掘り返された。

このページは、南アフリカに関するテレビ・CM・新聞・雑誌等の取材コーディネイトと南アフリカで行われる展示会、スポーツ・文化イベントのコーディネイトを通じて得た情報を配信しています。是非、観光やビジネスなどの際に役立てて下さい。

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